ねえ君、そこの大食いの君!
も、森島先輩!
おりょ?どこかで会ったことあったっけ? はい、これ、落としたよ、大食い君。
す、すみません、ありがとうございます。
んー
…?
あなた、かわいらしい目をしてる! で、どこかで会ったことあったっけ?
あ、いやあ。
そっか。そだよね。私、一度会った人って結構憶えてるはずだから。ねえ君、さっき一年生の子にパンを買ってあげてた子だよね。
え、ああ、はい。そうですけど。
ふふ、グッド!君ってやさしいんだね。
あ…。
じゃ、もう転ばないようにね。
いったぁ~
す、すみません!あ!
いたたた…
森島先輩?
あら?君はお昼の大食い君?ナイスタイミング!
え?
さっきはすいませんでした。人を探してたのでキョロキョロしてたから。
ううん、いいのよ。私も余所見しちゃってたから。それより、本運んでもらって助かっちゃったわ。でもいいの?誰か探してたんでしょ?
あーいいんです。ちょっと用事があったんですけど、別に急ぎませんから。
ありがとう、えーっと、そうだ。君の名前、まだ聞いてなかったよね。
ああ、そうですね。ぼ、僕は2年A組、た、橘純一です。
ありがとう、橘純一君!
名前は知らなかったけど、橘くんなら頼んでも大丈夫ってわかってたよ。だって橘くん、優しいもん!
私も入れてー えい!
森島先輩!
ふふふーん、ええい、ええいええい!
どうしたんですか、森島先輩
あのね、馬跳びをしてる子たちがいるなーと思ったらその中に橘くんがいたから、私も混ぜてもらっちゃおーと思ったの。
いきなりだったからびっくりしましたよ。
橘くんだったら飛び入りでもOKかなーと思って
え?
だって橘くん優しいから。
お
馬跳びなんて久しぶりにしたわー。小学校の頃は男子に混ざって一緒にやってたのよ
へーそうなんですか。
かわいい妹さんね。
そうですか?生意気なばっかりなんですよ。
どうしたんだあいつ?
うーん、嫌われちゃったかな。あーんでも可愛いわあ美也ちゃん。猫ちゃんみたい!
そうですか?
ええ!仲良くなって一緒に買い物行ったりお風呂に入ったりしたいなー。
え、お、お風呂ですか。
うん。きっと楽しいわ。
くしっ!
先輩、これどうぞ。
橘くん!使い捨てカイロ?
風邪引いちゃいますよ。
ふふ、ありがとう。優しいのね。
な、何してたんですか?
うん、あのね。水を見てたの。
水ですか。
うん。私、水を見るのが好きなの。海とか、川とか。噴水とかね。
いいですね。なんとなくですけど森島先輩には似合ってる気がします。
そういう風に言ってくれたのって響と橘くんだけかも。優しいのねー、この、この!
そ、そんな事、ないです。
そうなの?じゃあ、私にだけ優しいのかな?
え?
もしかして、私のこと、好きなの?
うぇえっ…。
なんちゃって!
あ、いや。そんな…
ふふ、そうよねえ。ざんねーん。……あったかーい。
…好きです。
え?
僕、森島先輩の事が好きです!
本気?
はい!本気です!
そうなんだ。…ふーん。橘くんて思ってたより男らしいんだね。
そうですか?
うん。ちょっとビックリしちゃった。ありがとう。すごく嬉しい。
先輩…。
でもダメ。
エ?
私、年上で頼り甲斐のある人が好みなの。
そうなんですか…。
うん。それじゃまたね、橘くん。あ、カイロありがとう。すごくあったかいよ!
あれ、橘くん?
あ、す、すみません…。
なんで謝るの?
ああ、いや、だって、それは、その…
保健室でどうしたの?どこか具合でも悪い?
ああ、ちょっと寝不足で、調子が悪くて。
そうなんだ。私も昨日面白い深夜番組があって夜更かししちゃって。それでベッドを借りてたの。一緒だね。
そうですね。一緒ですね。へへへ。
どうかしたの?
え。
ちょっと君らしくないかも。
あ、その、ちょっと驚いちゃって。
ふーん、何に?
いや、その、その先輩が普通に今までと変わらないから…僕先輩に振られたのに。
ええ?
ですから、僕は昨日先輩にキッパリ振られたのにこうして普通に話したりしていいのかなと思いまして。
なんで?
ええ?
私、人付き合いって彼氏彼女だけじゃないと思うの。
はあ…。
実は結構君のこと気に入ってるんだけど、迷惑?
そっか。そうだよね。ごめんね。私はよくても、君は嫌だったよね。響にいつも怒られるんだ。もっと人の気持ちを思い遣れって。ごめんね、無神経に話しかけて。迷惑だったよね。
そ、そんな事、ないです!
ん?
逆に僕から話し掛けたら迷惑かと思っていたくらいですから。
そうだったの?
はい。
じゃあ、これからもよろしく! で、いいのかな?
は、はい。こちらこそよろしくお願いします!
グッド!よいお返事ね!
あの、先輩。
ん?
一つ聞いていいですか?
何?
先輩の好みの男性って、昨日年上で頼り甲斐のある人って聞きましたけど、その、他には何かありますか?
あれ、私、そんな事言ったっけ?
違うんですか?
うーん、タイプかぁ。そうねえ。やっぱりタフな男の人にはあこがれるかも。
タフ!
何があっても守ってくれそうな感じの人とか。あとは、カリスマ性を感じるような人もいいかも。
カリスマ!
それに、ぐっと周りを引き付ける魅力があって、リーダーシップがある人とか!
リーダーシップ!
あーでも、どれも違うような気がしてきちゃった。
そんなぁ…。
でもやっぱりそういう人は素敵かも!じゃ、私は十分寝たから、橘くんもゆっくり休んでいってね。
あ…はい。
はあー。あ、かわいいー。あ、このワンちゃんあの子に似てるかも…。ふふ、顔真っ赤にしちゃってさ。あの時の目はちょっとだけカッコよかったなあ。うん、ちょっとだけね。
はー、おもしろそうね!私も混ぜて混ぜて!
も、森島先輩?どうしてここに?
前の授業が体育だったの。さあ、かかってきなさい!カモン、カモン!
ええっと、そう言われましても。
なあに来ないの?ならこっちから技かけちゃうよ!卍固めとか!
ええー、残念。
残念ですけど、またの機会ということで。
むむむ、絶対だよ?
はい。
しょうがないな。じゃあ、橘くんたちも一緒に帰りましょうか?
は?
私たちこれから帰るところなの。
最近はそんなこともなくてヒマでしょうがないくらいよ。
あ、おはよー!橘くん、美也ちゃん!
森島先輩、おはようございます。
美也ちゃん今日もかわいいわねー。
み、美也。
ありゃりゃ?
橘くーん!
森島先輩。
ちょうどよかった。女子用の水着もってない?
は?
だから、女子用の水着!
持ってるわけないじゃないですか。
そっかー。もしかしたらと思ったんだけどなー。
持ってたら逆に危ないですよ。
そうだ。美也ちゃんのでもいいんだけどどうかな。
美也のをどうするつもりですか?
着るに決まってるじゃない。
美也のをですか?
イェース! (ボゥン)(キュッ)(ボゥン)
いやいやいや、だめですよ。先輩が美也の水着なんて着たら、大変な事になっちゃいます。
そうかなー。
でも、どうして急に水着なんです?
なんかね。水泳部の練習を覗いていたら、私も泳ぎたくなっちゃった!
ああ、そういうことだったんですね。
そうだ!水泳部の子にお願いしてみようかな。
ええー、でも…。
大丈夫!学校指定の水着は部活では使わないと思うの。
ですかね。
よーし、プールに突撃よ。ゴーゴーゴー!
えええ、ちょ、ちょっと、先輩!
おまたせー。どお?似合う?
も、もちろんです?
ありがと。
もー、響ちゃんのケチンボ。
仕方ないですよ。塚原先輩にも部長っていう立場がありますから。
何よ。響の味方するつもり?
そういうわけじゃないですけど…、あ、そうだ先輩!図書室行って、また子犬の写真集でも見ませんか、気分転換に!
ええー?でもこの前結構借りちゃったからなー。まだかわいい本あるかなぁ。
大丈夫ですよ。きっとまだ見つけていない本があります。僕が探し出してみせます。
ほんとに?
オッケー、じゃあいくわよ。素敵な本を見つけてね。
わかりました。任せてください。
それじゃ、レッツゴー。
せ、先輩、その前にせめてゴミ箱だけでも教室に。
それじゃ探してきます。
うん。待ってるわね。
おはようございます、先輩。
あ…、ごめん、寝ちゃった。
少しだけです。
かけてくれたんだ。ありがとう、優しいね。
いえ、そんな…。ああ、すみません、それだけしか、見つけられませんでした。
ううん、ありがとう。ああ!これまだ見てない。これも、これも!やるわね!
それほどでも…。
わー、これかわいい!この写真もキュート!
先輩。
うん?
好きです。
えっ?
僕、森島先輩が好きです。
んもう、またなの?
すみません。迷惑なら、もう二度とこんな事言いません。
迷惑じゃないけど…、なんで?
先輩と一緒にいると楽しくて、もっと色々な話をしたいというか、それで…
急にそんな事言って…。
すみません。
謝らないで。
すみま…、あ…、う。
なんで?だって、こないだ……
あきらめたくなくて。先輩が迷惑じゃなくて、またチャンスがもらえるなら、あきらめたくない。何度振られても構わない!僕が一番怖いのは、返事さえもらえない事なので。
そ、そんな事しないわ。
ありがとうございます。
な、何お礼言ってるの。変なの。
あの、僕、先輩のこと好きでいていいですか? うっとうしかったら諦めます。
う…うっとうしくなんか、ない…。
じゃ…いいんですか?
…………うん。
やったあ!ありがとうございます!
も、もー。
え?
もー、なんでそんなに一所懸命かな。そんに頑張られたら、ほっとけないじゃない。
先輩?
もう、これでもくらえ!
え、い、今の…。
必死で八の字になってる君の困り眉毛が、あんまり可愛いからキスしたの。またね。
せ、先輩!何で袖をひっぱるんですか?
制服の袖を掴んでみたくなったの。
せ、先輩!
何?
どこにいくつもりなんですか?
えっと、どこだっけ…?
それは、僕が聞きたいです。
忘れちゃった。もう、君のせいなんだからね。
ええ?
高橋先生や他の女の子たちと、あんなに楽しそうにしちゃってさ。何を話してたのよ。
ねえ、何を話してたの?
先輩と仲良くなれて幸せです。
え?
そんな話をしてたんです。
へ、へえー、そうなんだ。
はい。
そっか。そうなんだ…。
あ、あの、先輩。
お?
その、ですね…。
何?
えっと、その…。もう一度、眉毛にキスして欲しいんですけど…。
ええー?
お願いします!
も、もう一度?
はい、一度だけでいいんで!あ、いや、先輩さえ良ければ、二度でも三度でも、僕は! …ダメ、ですか? うぉ、ええ?
今の君の眉毛は可愛らしくないからダメ。
ええっ、眉毛がですか。
うん、今はいやらしい事考えてるまゆげね。
そ、そんなこと…!
うーん。そうだ!今回は橘くんから私にキスして。
えぅぇえ!
ほら、前回は私からしたでしょ。だから今回は君から!うーん、我ながらナイスアイディア!
い、いいんですか?
あーでも、ここじゃ嫌。
え。
だからー。こんなところじゃ嫌。
な、なら、別の場所だったら。
もー、何度も言わせないの。
すみません。じゃあ、どこか違うところに移動して…。
そうねー。どこに行くかは橘くんが決めてくれるかな。
ええ!
せっかくだし、私が君にエスコートしてもらうの。わお!素敵。
エ、エスコート…
さあ、どこに行く?ああそうだ。途中で誰かに会ったら、キスはナシだからね。
えええ、ハードルが上がっていく…。
だって、その方が面白いじゃない。
残り時間、10、9、8、
えええっ…
7、6、5、4、3、2、1
そうだ!行きましょう、先輩!
どこに行くの?
僕を信じて、ついてきてください!
うん。
うふふ、ちょっとドキドキするね。
僕はちょっとどころじゃないです。
でも、どこに行くの?
秘密です。
先輩、ここを。
え、学校から出るの?
はい。潜り抜けてください。
ふーん。君は私が潜り終わるまで待ってからね。
はい。
ねえ、もうそろそろ答え、教えて。あまり遠くには行けないのよ。お昼食べる時間もなくなっちゃうし。
あそこです。
え?あれって、ポンプ小屋?
はい。
なるほどー。たしかにここなら誰もいないね。
ダメですか?
んー。いいわ。よくあの難問をクリアしたわね。OK!合格よ!
やったあ!
へえー中はこんな風になっていたんだ。意外と広いんだね。
はい、意外に広いんですよね。(ようし、先輩を小屋に連れ込んだぞ!)
こ、こら!
え!
急に黙ったら、ちょっと怖いじゃない。
すみません。うれしくて…。
え?
その、二人っきりになれて…。
んもー、またそういう事言うんだから。
ああ、つい…。
くすっ、まあいいわ。
じゃあ、さっそく…。
ふふ、唇はダメよ。
ええええ!そんなあ。
子犬ちゃんみたいな目で見てもダメですー。唇以外ね。
唇、以外…
それとも……やめる?
やめません!
ふふ、わかってる。冗談よ。それで、どこにするの?
どこ、って…。
期待してるわよ。
ええっ。
君ならでは、っていう面白いところがいいなあ。
ぼ、僕ならでは…。
ええ。ありきたりだと気が変わっちゃうかもね。
えううー。
早くしないと、昼休み終わっちゃうよ?
ひ、膝の裏。
え?
膝の裏で、お願いします!
ええー?膝の裏?さすが橘くんね。その考えはなかったわ。
ど、どうですかね。
うーん、膝の裏か。ね、どうして膝の裏なの?
ほら、犬がじゃれてよく舐めたりするじゃないですか。
あー、うん、そうね。
どうして犬は膝の裏を舐めるのか、犬の立場になればわかるかもしれない、って。
なるほどー。確かに興味深いわね。
僕も昔から不思議だったんです。
でも、膝の裏かあ。
ほ、ほら、ちょうど子犬っぽい僕ですし!
え?
さっき先輩も、子犬みたいな目って!
もー。そっか。そうよねえ。いいよ。
ありがとうございます!
じ、じゃあ、膝の裏を出さないといけないわね。
そう…ですね。
こ、これでいい?
ごくっ、は、はい、バッチリです!
い、いつでもどうぞ。
じゃ、じゃあ、いきます。
んっ!く、くすぐったい…。んはあっ!ん、んねえ…まだ? …っ、ちょっとこら、そっちは違うでしょ!
わんわん!
おすわり!
ううん…。
そこから先は、まだ通行止めなんだから…。
くぅーん。
まったく、すっごくくすぐったかったんだからね。
すみません。
それで、どうだったの?
あ、最高でした! すべすべで…
違うわよ! ワンちゃんの気持ち、わかった?
え、ああ…!
もう、途中から忘れてたでしょ?
ち、違います、えっと、その、まだうまく言葉にできなくて…。
しょうがないなー。
うまくまとまったらちゃんと報告します。
ほんと? じゃあ、待ってるね。そろそろ戻りましょ。お昼食べそこねちゃうわ。
森島先輩!
お?あれ、橘くん、どうしたの?
実は…
うん。何?
もう一度、膝裏にキスしたいです!
ええー?
お願いします!
お願いします!
お願いしまーす!
お願いします!
んん、もぉーーーー!
(響)それで、はるかはどうしたいの?
どうしたいっていうか、何度もおねだりされると困っちゃうっていうか…。
ねえ、それって確か可愛い子犬ちゃんの話って言ってたよね。
そ、そうよ。
ふーん。
な、なによー。
ふふ、そうね。もし嫌じゃないのなら一度相手の好きなようにやらせてみるのも一つの手よ。
ええー。
嫌なの?
うーん、嫌じゃ、ないけど。
あとは、逆に厳しく叱りつけてみるとか。それも調教するときの有効な手段ね。
調教って……動物じゃないんだから。
子犬ちゃんの話なんでしょ。
あ、ああ!
語るに落ちたわね。
うーん、響のいじわるう。
ねえ、はるか。
な、なによ。
本当に相談したいことって、その事なの?
え?
素直に言いなさい。ちゃんと聞いてあげるから。
……あのさ。と、年下って……難しくない?
年下が難しい?
その、何ていうか……年下の男の子に甘えたら、変かな。嫌われないかな。
なるほど。そういう事ね。
そ、そういう事よ!ほら、あの子からは、その……なんていうか
はるか。
な、なに? うん?
思いっきり行きなさい!
ええっ、どういう事?
今度、橘くんに会ってみたら思いっきり甘えてみなさいってこと。
で、でも、私年上だし…。
それは大丈夫。女性に甘えられたくない男性なんていないわよ。
そうかなあ。
そうよ。試しにやってみなさい。ごろにゃーんて。
ごろにゃーん? ……本当に大丈夫かな。変な人だって思われないかな。
大丈夫。安心していいわ。思いっきり橘くんに甘えてみなさい。
…そっか。ありがとう、響。
うん。
ごろにゃーん、か……。
くすぐったかったな…、キス。
むむむ……思いっきり、か…。よーし!
ええい!
うおお!
ごろにゃーん!にゃーん!
えええ、ごろにゃーん? 森島先輩?
にゃーん!にゃーん!何してるにゃーん?
何してるにゃーん…て、先輩こそ何してるんですか?
ん? にゃんにゃん攻撃?
にゃんにゃん攻撃、って、視線が…。
まいったか!にゃんにゃーん!
ま、まいりましたー!
ふふ、驚いた?
そりゃ驚きましたよ。いったいどうしたんですか?
え、嫌だった?
いえ、そんな事ないです。むしろ嬉しいくらいで。
ふふふ、そっか!よかった。
これからもバンバンやっちゃってください。
ありがと。はースッキリしたあ。…ねえ、お昼は何にするかもう決めた?
いえ、まだですけど…先輩はどうするんですか?
そうねえ……学食かな?でも、どのメニューももう飽きちゃってるのよね。
あーそうなんですか。
何か面白いメニューは無いかなあって思ってるんだけど。
面白いメニュー…。
刺激というか。
刺激……おお、先輩、それなら僕にお任せください!
え?
不肖、この橘純一が、先輩に刺激的なお食事をご用意いたします!
わーお、本当?
はい、お任せください!
これ…ラーメン、だよね?
そうです。ただの塩ラーメンです。
ええー。これのどこが刺激的なの?
慌てないでください。刺激的なメニューなんて、今からじゃとても間に合いません。ですからメニューではなく、状況を刺激的にするんです。
状況を……刺激的にする?
そうです。想像してみてください。先輩は今、誘拐犯に掠われて、両手を縛りあげられた状態なんです。
……ていうことにするのね!
そうです。そう思ってください。
うんうん、何か楽しそう!それで?
掠われて二日経っています。
わーお!すごい大変じゃない!
しかも御飯を与えてもらっていません!
怖いわ。きっと犯人は響ね。うんうん、それで?
逃げられないように、両手をロープで縛られています。
大変。それじゃ食べられないわよ?
そこで、犯人の一味である僕が、先輩に食べさせるってわけです!
楽しそー!やろ、やろ!
はい…(ここまで喜んでもらえるとは……)
ほら、早く!
う、じゃあ、準備はいいですか?
えっと、私は後ろ手に縛られているわけね。オッケー、よーい、スタート!
食事?食事なの?!
は、はい……
こら、もっとノってくれないとダメよ。
ああーあ、そうですね…。
食事?食事なの?!
ああ。しょうがねえから食わせてやるよ。
お願い、はやく!
待て待て、熱いんだから少し冷ますんだよ。
意地悪しないで!
ったく、しょうがねえな。ほうら、まずはスープからだ。
んっ、ふああ、美味しい……
(ああっ、スープがたれて、テラテラ光って、う、なんか、すごい…)
なんて美味しいの……
あーあ、スープがこぼれちまったよ。困ったねえちゃんだ。
お願い、もっと、もっと頂戴!
慌てるな。慌てるな。ちゃんと冷まさないと火傷しちまうぜ。
でも、早く食べたいの……
まったく、いやしんぼうだなあ。…あっ、ああ、(また視線が…)
早く、早くう!
あーああ、はい。ほらよ。
はー、今日は楽しかったなあ。
――あなたも見にきたの?
――ん、ええ?
――ほら。あの海の向こうにおっきい山が見えるでしょ?
――……本当だ。
キレイなお姉さん、ボクをここから出してクマ!
えええええ?
うう!
た、橘くん?
あ、は、はは、驚きました?
もーびっくりしちゃったじゃない。
わあお!やったー!クマちゃんゲーッド!
良かったですね。
うん、君がおどかしてくれたおかげで偶然取れちゃったみたい。ありがとう!
森島先輩、可愛いな…。
ねえ
お?
今時間ある?
ああ、はい。大丈夫ですよ。
じゃ、ここで少し遊んでいこか。ああでも、私あんまりゲームセンターってきたことないの。何か二人でできるゲームってないかな?
うーん、おお!
ここにイニシャルを入れて……っと。
何これ、いいの?悪いの?
あーそうですね、すごく悪いです。
ん…むむむ。
(先輩、僕と相性が良くないって出て不機嫌になるなんて…それだけ思われてるって事かな。ちょっと嬉しいかも!)
もっかいやる。
え、もっかい同じ事やっても結果は同じだと思いますけど。…じゃあ、もう一度先輩のイニシャルを入れてください。…先輩、H.M.じゃないですか?
これでいいの。
は、はい…(Lってなんだろな…)。うおお、すごい!
やった!大成功ね! ふふ、スッキリしたわ。
でも、Lってなんですか?先輩は森島だからMなんじゃ。
Lはね、ラブリーのL。私の本名は森島・ラブリー・はるかなの。ラブリーはミドルネームってやつね。
ええ、先輩ってハーフなんですか?
ううん。えっとね、母方のおじいちゃんがイギリス人で、おばあちゃんが日本人なの。だから私はクォーターってことね。
な、なるほど。そうだったんですか(って、そうじゃなくて!先輩をクリスマスに誘わなくちゃ!)
さて、スッキリしたし、帰ろっか。
先輩。
お?
今度は僕につきあってくれませんか。
珍しいわね。君がこんな風に誘ってくれるなんて。
先輩、寒くないですか?
ううん、大丈夫だよ。ここに来るの久しぶり。昔は毎日きてたのよ。
今日は見えないですね。
うん?
憶えてますか?実は僕、昔ここで先輩に会った事があるんです。
んん?
一年前のあの時も、ちょうどこんな夕暮れだったと思います。
――ほら。あの海の向こうにおっきい山が見えるでしょ?
――……本当だ。あんなところに山が。
――天気が良い日は、海の向こうの景色がよく見えるんだよ。
――そうだったんですね。全然気付きませんでした。
――やっぱり似てる。
――ぼ、僕誰かに似てるんですか?
――あのね、うちで飼っていた犬によく似てるの。
――犬ですか?
――そんな困ったような顔が特にね。ふふ、ごめんなさい。
――へへ、そうなんですか。
――ひひ。
あの時、僕は落ち込んでて、でも、声をかけてもらったおかげで、なんだか楽になったんです。それから少しして、あの時の人がうちの学校にいるって知って、驚いたんですよ。
ちょっと待って、じゃあ橘くんはあの公園君だったの?
ええっ、公園君?
あのね、私あの日のこと印象深くて、それで面白い子に会ったって人に話す時にね、名前がわからなかったから、公園君て勝手に名前を付けてたの。それが君だったのね!
ああ、なるほど!そうです。僕が公園君です。
私があの日この公園に来ていたのにはちゃんと意味があってね。3歳の頃から飼っていた犬のジョンが一年前のクリスマスに死んじゃって、それから思い出すたび悲しくなって……、でもこのままじゃ天国のジョンもきっと私のことが心配で、安心できないだろうなって思ったの。だから、ジョンが好きだったこの公園にきて、元気出さなきゃ、って……そしたら、ジョンが大好きだったこのベンチに座ってる男の子がいるじゃない。
それが僕だったってわけですね。
そう。ジョンがしょんぼりしてた時と同じような感じで座ってたの。それで、なんだかほっとけなくて。
そうだったんですか。
うん。きっとジョンが橘くんと私を会わせてくれたのね。ね、あの時なんで橘くん落ち込んでたの?
僕は、二年前のクリスマスに、この公園で待ち合わせをしていたんです。
ええっ、それって女の子?橘くんも意外とやるわね。
でも…すっぽかされちゃいました。
っ…
それから一年間、ずっとクヨクヨしてて、あの時もこの公園でその事を思い出して、落ち込んでたんです。
ん…
あの時、先輩に声をかけてもらって、僕は救われました。また僕を救ってくれませんか。
え、なに?
24日のクリスマスイブ、僕とデートしてください。
…ダメ。
げげ!うぇ、だ、だめですか?ぼ、僕とデートとか嫌ですか?
ううん、違うの。クリスマスは毎年、イギリスでおじいちゃんとおばあちゃんがきて、家族でパーティーしてるの。だから…。
な、なるほど……。そうなんですか……。
ふふ、ねえ、うちのパーティーに橘くんをご招待したら、来てくれるかな。
ええっ。
もしそれでいいなら、クリスマスイブを一緒に過ごそ。
は、はい!よろこんで!
はは、ふふふ。
へへ。
やばい、完全に遅刻だ。美也が変なこと言うから!
こら!
あっ。
こんな日に女の子を待たすなんて、いけない子ね。
ああ、す、すみません!
やだ、橘くん、頭から湯気が出てるよ?
え、ああ、あ…はは、必死に走ってきたんで…。
もー、しょうがないんだから。こんなに湯気まで出されちゃったら怒れないじゃない。
あ、ありがとうございます。
さ、それじゃ行きましょ。
え、あ、あの、これからどこに行くんでしたっけ?先輩のお家ですか?
こ、ここって…ホテルですよね?
うん。
ホテルで何をするんですか?
頑張って走ってきてくれたのは嬉しいけど、汗くさいボーイフレンドを家族に紹介できないじゃない?だからここでひと汗流していきましょ。
ええええーー!!!!
うおー、い、いきなりどうしたの。
(そんな…初デートなのに、いきなりホテルとかいいのか?)…あの、先輩はいいんですか。
えっと、何が?
おまたせー。
は、はい!
新しい水着なんだけど、どうかな?
あああ……(ザッパーン)
変?
全然変じゃないです!似合います!綺麗です…
本当に?ありがとう…。でも、だったらすぐ褒めてくれたらいいのに…。
すみません…見惚れちゃって。
そっか。悩殺しちゃったか。
さっ、さあ、泳ぎましょう!……お先に!
こらー、まってよー。
クリスマスにプールで泳ぐっていうのも、意外にいいでしょ?
た、確かに、面白いですけど…
けど?
やっぱり、慣れてないから、違和感がありますね。
そうかなあ。
こーらー。
私といるのに、他の女の子見たりしないの。
え、おお?ああ!違いますよ、見てないです!ていうか、目の前に先輩がいるのに他の女の子なんか見る必要ないです!
そ、そお?…なら、いいけど。
あ、ああ…はい。
ごめんねー着替えるのに手間どっちゃった。
ああ、全然平気です。それよりご家族の方たちとの待ち合わせの時間はまだ大丈夫なんですか?
あーそっか、忘れてた!
忘れちゃダメですよ、先輩!で、待ち合わせの時間て何時だったんですか?
んー、一応予定だと、一時間前。
えええっ、集合場所はどこなんですか。
ええっとねー、ここ!
えーえーえー!
このホテルの上の階が待ち合わせ場所なの。だからそんなに急がなくても大丈夫。
なんだー、…って、それにしてももう一時間も遅刻してるんだから急がないと!
ああん、ちょっとお!
んもお、強引なんだから。
あ…ああ、すみません…。
わあー、どんどん昇っていくね!
せ、先輩。今日はご家族のどなたがいらしてるんですか?
ああー、うん。実はね、飛行機の都合で今日はおじいちゃんたち来られなくなっちゃったの。だから二人っきり。
あああ、そうなんですかぁ……ええっ!二人きり!
うん。そ。
でっ、ご両親はどうしてるんですか。
おじいちゃんたちが来られないんじゃ意味ない、って、家にいるわよ。
あ、ああ、家に…。
でね、せっかく予約してある部屋がもったいないなあ、と思って。泊まりにきたの。
確かに、もったいない、ですね…。ああっ…。
残念、夜景もうすこし見てたかったな。…行きましょ。
ああ、はい…行きますか。ううう…
うわあーー!
お、お邪魔します…。
ほらほら、夜景も見えるよ!
え、ええ。
あー、トイレはどうかな?
せ、先輩…。
ねーねー、トイレも立派だよ。わー、お風呂もおっきい!すごいよー
わ、わあ、すごいですね…
せっかくだから、私お風呂入っちゃおかなあ
えええ、お風呂ですか!
こんなおっきお風呂めったに入れないし、もったいないじゃない?
あ、そ、そうですね。
……覗いちゃダメだよ?
んあ、の、覗きません!
わお。いいお返事。じゃあ、ちょっと入ってくるね。
え、停電か?
…違うよ。
先輩?
恥ずかしいから、私が消したの。
え……その格好は……。……先輩?
……ばか。
え?
どうして、覗きにきてくれないの?
は?
どうして覗きに来ないのよ!
え、ええええ!(しまったあ、僕覗きに行かなきゃいけなかったのかああ!)
私のこと、好きじゃないの?
す、好きですけど。
好きなら思わず覗いちゃうもんじゃないの?
いや、それは、どうですかね…。
わからない…。
先輩…?
どうして、もう一度、告白してくれないの?何度でも告白するって言ってくれたのに…。私、私は君が好きなの!大好きなの!
先輩……。
私、ずっと待ってたのに……ずっとずっと待ってたのに……もう嫌われちゃったかと思って……諦められちゃったのかと思って……さびしくて……わて…
そんなことないです。
もう、わからないの…。私こんなに人を好きになったことなんて無いんだもん。誰にも渡したくない人って、初めてなんだもん。私、どうしたらいいのかわからなくて……
すみません…。僕がもっとちゃんとできたらよかったのに。ちゃんと告白もできないような僕で先輩はいいんですか?
ううん、君の告白はとってもステキだった。二回目の告白の時、人に告白されて、初めてドキドキしたんだから…。でも、だから自分の気持ちを君にちゃんと伝えるには、どうしたらいいのか、わからなくて……。私のほうこそちゃんと告白もできなくて、橘くんに呆れられちゃうんじゃないかって……心配で…そんで…。
いいんですよ。
……?
先輩はそのままで、僕が好きになった森島先輩は、そういう人だと思います。今度からは僕がちゃんとしますから…だからもう泣かないでください。
はるか、って呼んで…。いつまでも「先輩」じゃイヤ…。呼んでくれたらもう泣かないから…。
はるか…。
……よくできました。
好きだよ。ずっとずっと一緒にいたい。
私も好きよ。…大好き!
――キスして。そのまま、離さないで…。