────願わくは、────之を語りて。平地人を戦慄せしめよ────────!! *、“
読者のみんな、いっぱい戦慄してくれたかな?
夢を……夢を見ていた気がします。とても長く、哀しい夢……。
というわけで、二人目のヒロイン、棚町薫の物語です。
二年前のクリスマスイブ。来ないデート相手を待つのをあきらめた橘は自転車を押しながら帰路につく。
アマガミSSでは、ヒロインが代わると、世界がリセットされます。という事を端的に示すために、橘が振られるところから再びスタート。
一話のレビューでも触れた通り、アマガミSSは六人のヒロインに四話ずつのエピソードで構成されていますが、互いの因果性は全くありません。それぞれ独立したストーリーとされています。
そのためには、話が変わる度、それまでの一切合切が無かった事にならざるを得ない。結果的に、それぞれのヒロインが橘に惚れてキスして付き合うと時間が巻き戻る話を六回やる事になります。
女の子には取っかえひっかえされたという事実すら奪うものなので、実際にはよりタチが悪いんですが、ともかくこれが、アマガミSSの反復する時間です。
(僕、振られたのかな……。明日学校で会ったら、彼女にどんな顔をすればいいんだろう……)
振られたのかな……ちゃうで! 振られたんやで!
これは微妙なとこでねえ、たとえば部活に行っとる事にすれば、既に学校が終業しててもこの台詞は成り立つんですよ。で、その場合「彼女」は同じ部の部員やったっちゅう話になる。
うーん、それも確定とは言えなくてね。というのも、わしはこれが一番近いんちゃうかなって思ってんねんけど、つまり12月25日が終業式の日という事も考えられる。
ある意味最重要級の人物なのに、「彼女」に関する手がかりっていうのは、全編通して非常に少ないんですよね。なので、何かありそうな時はできるだけしつこく食い下がっていきましょう。
ペシッ
ぶたれる音もしょっぱいのォ!
「なーにしてんの?」
棚町薫、ここで登場です。ここまできっかり30秒。
登場の仕方それ自体、ヒロインのキャラクターや橘との関係性を端的に出してるわけですね。そこには「胸が……す、凄い……」と言われるだけの人もおれば、話始まって20分くらい経ってからようやく「発見」される人もいる。
5話の頭からここまでの8ショットありますが、確かにどれも斜めってたり、左右どっちかが空いてたりしますね。橘が振られた事を受け、画面も不安定になっているのなら、こちらの三角構図は、橘の無意識の安心感を表わすと言うこともできる。
驚く橘に、なぜこんな所でいるのかといぶかる棚町。「もしかして、誰かにすっぽかされちゃった!?」とおちょくってみると……。
「ち、ちがうよ」
「……」
「……」
「……ね、送ってよ」
見通されてしまいます。
橘の反応を待つまでもなく、勝手知ったる感じで自転車の荷台に腰掛けて、こう。
「クリスマスケーキを取りにいくところなんだ。ウチはね、毎年お母さんと二人でクリスマスパーティーやることになっててさあ」「へえ……」
「そうだ、良かったらウチに来ない? ケーキ二人じゃ食べきれないから」
ああああーもうっ! もう! あああええなあ、ええなあくそ! やさしいなあ薫ちゃん、やーさしぃーなー!
そんでもって、クリスマスケーキも食ってけやって言うんでしょ。甘いもん食うたら元気出るで言うとるわけで、なんと中学生の少女らしい励まし方である事か。思いませんか?
はるかちゃんにも出来できなかったでしょうし、恐らくどのヒロインにも無理だったでしょう。まだ出てきて15秒ですが、自分にしかできない事しかやってないんですよ。キャラクターというのはこういう事ですよ。
中学生の時点で毎年二人って言うてんねやから、もうだいぶ小さい頃から父はいないらしい事がわかる。こーゆうとこで橘くんに(そういえば、薫の家は……)みたいな心の声やらせないのがアマガミSSのありがたいところですね。
「いーからケーキ屋さんまでは送ってよ! 来るか来ないかはその間に決めればいいでしょ?」
この近さです。
押し押しで絡んでる風に見えて、最後の決定権は相手に譲ってるんですよね。なので橘も、後々どうするかはさておき、とりあえず一歩目は踏み出す事ができる。好き勝手に振り回してるようで、相手が楽になるよう配慮してる事がわかります。
個人の性的嗜好はともかく、棚町は前者なわけですよね。たとえばやりがちな事で、女はいくらでもおるだとか、振られても次があるだとか、振られた事を意識させるような事を棚町は言わない。
「ほらー! レッツゴー!」
棚町を乗せて、自転車を漕ぎ出す橘。フロントライトが灯ります。
オープニング
という感じの導入部でした。
どっちもファーストシーンとラストシーンが対応してるんですよね。しかも棚町編は、そのラストシーンをDVD化の際に丸々作り直しています。
それはもう本当に何も保証してないに等しいと思うんですが、ともかく、私も自転車のライトが灯る演出は良いなと思いました。
確かにラブストーリーでアニメで二人乗りというと、我々けっこう強いコノテーションを持ってますね。
ここでアクセル全開、ハンドルを左に!
男女二人でできるあらゆるイチャイチャを揃えるアマガミSSですけど、男と女で自転車に乗るのは、いやそもそも自転車が出てくるのは薫ちゃん編だけなんですよ。薫ちゃん編の最初のシーンと、薫ちゃん編の最後のシーン。
紗江ちゃん時も一回おぶってたよね。自転車二人乗りとおんぶとじゃ全然ちゃいますね。やっぱり薫ちゃんは自転車なんですよ。後ろに乗ってるんですよ。
この後、きっと何度もこの導入部に戻ってくる事になるでしょう。わしの一番好きなアマガミSSのファーストシーンでした。
Aパートです。黒いバックから羽根が舞い降りる。本物の羽根ではなく、あくまでイメージ上の羽根ですね。
その羽根が、教室の机に突っ伏して寝ている橘の耳に止まります。すると、ちょうどその箇所に棚町が……。
カプッ
橘「うおあああーーっ!」
アマガミ。
不意打ちに飛び上がって驚く橘に、棚町は腹を抱えながら「いいよいいよそのリアクショーン!」とからかいます。で、相手が棚町だとわかった橘、「なんだ薫かあ、イキナリ人の耳噛むなよ!」と、ちょっと赤くなって返す。
そこでさらに図に乗った棚町、「んふふ、気持ちよかった?」と挑発します。これに少しムッとなって、「大したことないよ!」と今度は左耳を突き出す橘。
橘「ほら、噛めるもんならこっちも噛んでみろよ!」
……!!
橘「うおあああーーっ!」
ここな、実は右の女の子がちょっとメガネ変わっとんねん。
全く同じですね。ていうかさっき全員こっち見てたのに、また元通りに戻っとるわけで、この子たちはどんだけこの光景を見慣れてるの?
胆力鍛えられますな……。
しばらく二人のイチャコラをお楽しみください
お? なんかちょっと新鮮な絵やね。
そもそも教室をこんな風に覗き見せえへんかったですよね。はるかちゃん時は学年が違うから、教室見ててもしゃあなかってんし。そういやこの子、はるかちゃん編でもこうやって首に腕回しておいおいおーいってやってたよな。
あっちは元々おぼこい上に、惚れた弱みがありますからね。まあその分完全の素の時は超近かったりすんねんけどね。薫ちゃんと梨穂子ちゃんの対比はおもろいですよ。
いいですね、他人同士やったら絶対言えない事ですよ。そろそろちょっと誰か来てくれへんかなあ。
このまま二人のイチャコラをお楽しみください
二人が中三からの付き合いである事を確認している間に、第五話のタイトルが入ります。橘純一のなんとも言えない後ろ頭。
タイトルといえば、森島編の一話のタイトルは「アコガレ」でした。今回「アクユウ」ときて、この後に控える中多編の一話目が「コウハイ」というタイトルです。一話目のタイトルがだいたい二人の関係を表しますね。
「よぉ大将! また夫婦漫才か?」
二人の間に入っていける数少ない一人、梅原です。橘と棚町と三人でよくつるんでいる事は第一話の時に話しました。
梅原「棚町も大変だよな~」橘「大変なのは僕の方だ!」
棚町「いいのよ梅原くん、あたしが好きでやってる事だから……」
梅原「かあーっ健気だ、泣けるぜ!」
この空気に耐えられない生徒たちは教室の外で時間を潰しています。
話は変わり、棚町の話題は地元の新スポット「ポートタワー」に移る。
三人で遊びに行こうと呼びかける棚町だが、橘は気乗りしない様子だ。
地元の新スポット言う割には棚町編以外ではポートのポの字も出てけえへん謎の建物、ポートタワーですな。なんでも水族館や展望台やあって一人じゃ行かれへんデートスポットらしい。
まぁ銚子ポートタワー自体はね、わしも行ってみてんけど、華やかなデートスポット言うよりはこう、もうちょっと穴場っぽい場所ですからね、家族で行きたくなるような。景色は非常に綺麗ですよ。
ノリノリでポートタワーに行きたがる棚町ですが、橘は露骨に嫌がります。ある意味、二人の間で葛藤らしい葛藤というのはこれだけですね。
受け入れたい事しか起きないですからね。まあ確かに珍しい。「どうせカップルばっかだし」と言うてますが、よっぽどカップルちゅうのは目にしたくないのか。
つまらんつまらんとごねる橘に対して、棚町はまだまだ食い下がります。こんな感じ。
「他の家族連れだって、多分いるわよ……ねぇ、あなたぁん」
「って、僕たち家族じゃないだろお!」
これで付き合ってないんですよ。
こうなってしまったら、もう二人を止められるのはこの人しかいません。ガララッ! と椅子を引く音が聞こえて、こう。
「梅原くんたち、そろそろ授業が始まるから、席に着いてくれないかな」
学級委員の仕事。
梅原一番何もしてないですからね。
こうやって徐々に気の強さを見せ始める絢辻です。棚町も感じるところあったのか、「おカタいんだから……ねぇ?」と更に橘にじゃれかけますが、なんと「まあ、そう言うなよ」と、あっちの味方をされてしまいます。
すると、今度は露骨に棚町が不愉快になる番です。
「ああーん、どっちの味方なのよ!」
恵子ちゃん! いつから居ったんや! 恵子ちゃん! いつから居ったんや!!
これは……これはもしかして!?
「……大丈夫?」
パン
チャーンス!!
ファーーーック! ファアアーーーーッック!!
「パ、パ、パンチ……」
「パンチ? おお、よく避けたよねあたしの右フックを」
「…パンチラ…」
この頭さえ無ければ見えたのに。橘くんに頭なんか無ければよかったのに。ていうか実際頭いらんやん。下半身だけで動いてればええやん。って思てますよね。
「馬鹿ーーー!!!」
今や! A→Bリピートや!!
倍速再生を組み合わせるんや!
んんんんんんんーーー、イイッ!!
保健室で目を覚ます橘。すかさず棚町が入ってくる。
「純一! 気付いた?」
当たりどころが悪かったのか先程の一発で完全に伸びてしまった橘。フェードアウトして気がつけば保健室でした。
微妙に記憶まで飛んでしまったようです。「僕、どうして保健室に?」「さっぱり、記憶が……」と要領を得ない。
「……覚えてないの?」
あーいい、いーい顔だ。悪い顔がかわいい女の子はさいこうにかわいい。
この後話してるのを聞くと、中坊の時にもこうやって運び込まれた事があったらしい。長い付き合いでの勘所ってとこでしょうかね。
「ごめん……。……ほんと、ごめんなさい」
あら急にしおらしい。
その前にこの学校、学校医やら養護教諭やらは何してんの? 保健室は学校公認のベッドルームではありませんよ。
薬でも探してたか、案外パニクってどうしようどうしようって右往左往してたん違うかな? それで、気付いたか! ってカーテン開けて入って来た時、顔が見えないでしょ。けっこうすごい顔してたかもしれませんよ。
どの道こっちには見えない顔なので何とも言えないですが、いずれにせよ「そんな顔されたら怒れないだろ」って、しゅんとした棚町を見て許してまうんですよね。失神までして、ある意味死にかけたのを、そう簡単にほだされていいのか。
死 mort は女性名詞なので La petite mort ラ・プティット・モールですね。
「殴られはしたけど、その、薫の見せてもらったし」
「えっ? ……!!」「あっ……でもま、そういう事だから、イーブンてことで!」
こうしてさっと水に流してしまいます。この辺はさすがに扱いが上手いですね。
パンツ見ちゃったのとみぞおち殴られて気絶したのとじゃあ全然釣り合い取れてませんけどね。
「お前に心配してもらえる事なんて、ほとんどなかったからな」
「そうでもないと思うけど……」
「……思い出してたんだよね」
「何を?」
「中学の頃も、こうして二人して保健室でサボった事あったでしょ? 憶えてる?」
ちょっとええ場面っぽくなってますが、これ橘はサボってたつもり全くなかったんですよね。中学ん時もお前にぶたれとったやろがっていうギャグになっちゃう。
「薫は変わらないよなあ。中学の頃から、めちゃくちゃな事ばっかして。輝日東の核弾頭! なんてアダ名までついちゃって」
「その名で呼ばないでよ」