沼袋冠水


というわけで友人Aから沼袋に呼び出され平和苑なるところで焼肉を食っているとだんだん雨がただごとではなくなり、しかしいくら食い終わってじっと待っていても雨は止む気配がせずむしろ激しくなるばかりで、店の人にタクシーを呼んでもらったのだが、考えることは皆一緒らしく、一社以外すべて通話中で、その残り一社も「今はすべてはけてますね」と来たものなので、仕方なく駅まで徒歩で向かうことにしたのだが、沼袋の下水システムはとっくにパンクしていたようで、すこし歩いた先の下りの路地はちょっとした洪水状態になっており、雷が光ると、だいたい子供プールくらいの高さまで水があふれているのが見えた。店から借りたビニール傘もこの雨ではほとんど機能せず、すでに全身が半分くらい濡れているAと、ほとんど考えるのもめんどくさいといったような様子で(それに、どのみちそこを通らなければ駅には戻れないので)無心で水に足を入れると、じゃっばああんというような大袈裟な音と一緒に雨水の冷たさが全身を駆け、その冷たさが足を踏みだす度に水の抵抗とともに膝にまとわりついたのだが、あまりに冷たいので逆に不快な気分にもなれず、ただほんの数分前まで東京のどまんなかで上機嫌で焼肉を食べていたことを思うと、それが今の状況と繋がっているという風にはどうも思えなくて、しだいにおかしくなって声をあげて笑いつづけた。路地の端では、何人かの住人たちが、床上浸水でも気になるのだろうか、落ち着きない様子で立ちつくしていて、逆光でその顔が黒くぼうっと浮かんでいる。笑いが笑いを呼ぶ状態でAと俺は、ひゃひゃひゃと笑いながらじゃっばんじゃっばんと水を掻き分けていった。道のすこし先ではゴミ袋がぷかぷかと流れていた。あれは誰が掃除するのだろうか。

(二〇〇五年九月)